IT重説とは?IT化される重要事項説明の期待と懸念
賃貸でも売買でも、不動産の契約において必須となっているのが「重要事項説明」です。
不動産オーナー様でも、これまでに借主、または買主として重要事項説明を受けられたことはあるのではないでしょうか。
重要事項説明は、宅地建物取引士、所謂「宅建士」から宅建士証の提示を受けて、書面と共に説明を受けるものですから、当然ながら対面で行われることが原則となっています。
対面による説明のため、遠距離から引越しをしてくる方や、どうしても時間が取れないといった方にとっては、少なからず対面による手続きが取引における障害となっているのも事実なのです。
実は今、まさにこの重要事項説明の「IT化」が進められており、不動産業界で論争を巻き起こしています。
そこで、今回は改めて重要事項説明とは何か、そしてIT化によるメリットなどを解説させていただきたいと思います。
目次
そもそも重要事項説明はどのようなものなのか
業界では重要事項説明を「重説」と略して使用しますが、そもそも重説には何が書かれているのでしょうか。
賃貸と売買では内容に少々違いはありますが、ここでは賃貸を前提とした重説の主な項目をご紹介させていただきます。
・不動産業者の会社名や所在地、免許番号など
・物件の所在地や物件名と部屋番号、構造など
・物件に関わる法律上の制限
・貸主の氏名や所在について(登記簿の内容も含む)
・電気、ガス、水道、室内の設備について(ガスコンロや照明の設置状況や、残置物の有無)
・石綿や耐震関連の説明
・物件の種類(居住用か否か)
・家賃、管理費、礼金、敷金、仲介手数料などの金銭関係
・契約期間
・契約の種別(賃貸契約か定期借家かなど)
・敷金の扱い
・解約予告について
・契約解除の要件や損害賠償について
・特記すべき事項(特約や事故物件に該当するか、その他説明が必要とされる事由)
ざっと挙げただけでも重要な項目はこれだけあり、これらの項目を宅建士が「これはですね、退去時に室内に破損が見られた時に…」といった風に、懇切丁寧に説明を行ってくれます。
つまり、不動産の契約において、買主借主、若しくは貸主借主の双方で「こんな内容で契約をします」と認識を一致させる目的があり、契約前に不利な条件がないかをお互いに確認するための非常に重要なものなのです。
ただ、確かにこれらの事項を対面、且つ口頭で説明を受けるのですから時間もかかりますし、遠方から物件を探しに来ている人にとっては時間的な負担が大きいものと言えるでしょう。
他にも「不動産取引に慣れた人なら不要な説明もあるのでは?」といった意見もあるということが、IT重説が検討された背景にあるのです。
IT重説のメリット
さて、重説がいかに大事なものかはご理解いただけているかと思いますが、IT重説が検討され始めた当初、どのような効果が期待されていたのでしょうか。
改めて、IT重説が検討された理由を確認しつつ、IT重説が可能になった場合のメリットを考えてみましょう。
取引における地理的な制約の消滅
冒頭にも申し上げましたが、遠方から契約の為だけに来社しなければいけないといった時間的な弊害を無くすことができます。
時間コストや金銭コストの縮減
こちらも冒頭でご説明させていただいておりますが、時間的な負担を減らすことができ、書面の発行や事務手続き上の費用を軽減できます。
消費者がリラックスして説明が受けられる
重要事項説明は、不動産業者を訪れた上で宅建士、仲介担当者、管理会社の担当者などに囲まれる、完全にアウェーな世界で行われることがほとんどです。
これによって、本来気付けたことに気付けなかったり、疑問に思った事を聞きそびれるといった事を防ぐことができる可能性もあります。
内容を録画するなど、記録として保存することが容易に行える
書面での説明でもあまり変わりはないかもしれませんが、IT重説の検討会では「録画ができるから記録を簡単に保存できるというメリットがある」と説明しており、それによりトラブルの抑止につなげられるという事が期待されているようです。
消費者にとってより分かりやすい重要事項説明に関するサービスの創出
重説をIT化する事によって、「もっと分かりやすい重説にしよう!」という意識を高めることができ、新たなサービスの掘り起こしといった派生的な効果にも期待が寄せられています。
以上が、重説のIT化におけるメリットと、検討当初から期待されていた内容です。
「確かに!」と思える事もあれば、「そこまで大きなメリットとは思えない」と感じる方もいらっしゃるでしょう。
筆者としては個人的に「会議室が1部屋空けられるかも!」という事に気付きました。
重要事項説明は、会議室や不動産屋さんのスペースの一角を仕切って行われることが多く、重説をIT化できれば「省スペース化」にも寄与するのではないかと考えられます。
IT重説のデメリット
では、IT重説にデメリットはないのでしょうか。
わざわざ検討会を設置するほどですから、国土交通省が積極的にデメリットを公表しているという事もありません。
ただ現在、一般的に懸念されている事は以下のようなことです。
細かな確認が難しい
不動産取引において、気付いた事をその場で確認できると言うのはやはり対面であるからこそと言えるでしょう。
また、対面だからこそ、身振り手振りなどのボディランゲージがあって初めて理解できるといったことも重要なわけですから、それらがない事で説明への理解に時間がかかる可能性があります。
取引相手の人柄が分からない
人柄とは抽象的な事かもしれませんが、お金のやり取りが発生する取引においては、相手への信用も大事なことです。
顔や態度が分からないため、文字だけしか見る事が出来ない中での説明では信憑性に欠けるといったデメリットもあります。
通信環境の整備や利用の中でのトラブルに即座に対応する必要がある
世の中、何でもIT化が進められていて、便利な反面、不便を感じたことはありませんでしょうか?
そうです、もし重説を行っている間に停電になったり、家に一つしかないPCが壊れてしまって「今日が契約日!」「今日、代金の振込!」なんて時に契約が進まなくなる可能性もあります。
IT化を進めても、全員がPCや周辺機器に詳しいわけではありませんので、ここは大きな課題だと言えるでしょう。
名義貸しやなりすましの可能性が高まる
宅建士に限らずですが、免許を貸したりすることは厳禁です。
しかしながら、宅建業法の中で不動産会社には一定の宅建士を置くようにという決まりがありますので、人件費削減を目的に名義貸しやなりすましを行う悪い業者が出てこないとも限りません。
IT重説の今後と注意点
IT重説は平成26年以降から本格的に検討の始まったものですが、実は既に、平成27年8月から平成29年1月まで実際の社会実験も行われていました。
結果、賃貸契約においては平成29年10月より本格運用を開始する事が適当だという結論に至っています。
ただ、IT機器に不慣れな人にとっては「本当に時間短縮になるの?」と思われることもあるでしょうし、不動産取引だけに関わらず、全てのことを机上で済ませるという事にはリスクが付きものです。
最近では、室内を全て動画で公開して、実際に物件を見に行かずに契約をされるという方も増えていますから、重説のIT化が検討されたのも当然の流れだと言えるかもしれません。
しかしながら、以下のような懸念や疑問が残るのも事実です。
つまり、重説では説明しきれない物件に関する事柄は、やはり物件を見に行ってこそ分かるものです。
「2口コンロです!」「洗面台はシャワーヘッドが付いています!」と説明があったところで、実際に引っ越しをしてから「引き戸の立て付けが悪い」「よく見ると壁紙のデザインが…」なんて事に気付く事もあるのは容易に想像できます。
また、言い方は悪いかもしれませんが、営業を行わない事務員のことを「重説要員」なんて呼ぶ会社も多いのですが、不動産の本当のところを良く知らない宅建士が増える可能性も十分に考えられますし、重説が簡単に扱えるようになると仕事量が極端に増えるなんて事も考えられます。
更に、これは感覚値ですが、不動産の営業担当者の半分以上は宅建士免許を持っておりません。
よって、便利なIT重説が解禁される事で「重要事項説明は重要なもの」という当たり前の事が軽んじられるようになるのではないかという不安も残されます。
このように、社会実験の中で指摘されている様々な懸念はもちろん払拭されるべきですが、今後の運用に関しては、まだまだ課題が残されていると言えるのかもしれません。