心理的瑕疵の告知義務の範囲って一体どこまで?
賃貸物件を運営する中で、万一のトラブルが発生してしまった場合、状況によっては次の入居希望者にその事実を予め説明しなければいけません。
これは、賃貸経営を行われているオーナー様だけでなく、これまでに賃貸物件に住んだことのある方を始めとして、多くの方の周知の事実でしょう。
一般的に、その物件の過去の出来事について説明する事を「告知義務」と言いますが、よく知られたところでは死亡事故や事件が起きたような場合に告知義務について語られることが多くあります。
そこで、今回は告知義務の中でも心理的瑕疵についてご説明させていただきたいと思います。
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そもそも告知義務ってどんな法令?
不動産業界では告知義務というと、「あー、あのことね」なんてくらい常識として認識されていますが、実は「告知義務」という名前の法令があるわけではありません。
告知義務というのは、宅建業法上で「宅地や建物を取得、または借りようとしている取引の相手方に対して、取引の判断に影響を及ぼすことは予め説明しなさい」と決められている法令についてのことを指しています。
法令の内容自体の項目が多く、これまでにも曖昧な点を様々な判例で補ってきたということもあることから、法令と判例を一括りにした「告知義務」という名で呼ばれるようになっているのではないかと思われます。
さて、宅地建物取引業法で定められた告知義務について、実際はどのような法令になっているのか見てみましょう。
(重要事項の説明等)
第35条
宅地建物取引業者は、宅地若しくは建物の売買、交換若しくは貸借の相手方若しくは代理を依頼した者又は宅地建物取引業者が行う媒介に係る売買、交換若しくは貸借の各当事者に対して、その者が取得し、又は借りようとしている宅地又は建物に関し、その売買、交換又は貸借の契約が成立するまでの間に、宅地建物取引士をして、少なくとも次に掲げる事項について、これらの事項を記載した書面を交付して説明をさせなければならない。
(以下略)
引用:e-Gov「宅地建物取引業法」
(業務に関する禁止事項)
第47条
宅地建物取引業者は、その業務に関して、宅地建物取引業者の相手方等に対し、次に掲げる行為をしてはならない。
一 宅地若しくは建物の売買、交換若しくは貸借の契約の締結について勧誘をするに際し、又はその契約の申込みの撤回若しくは解除若しくは宅地建物取引業に関する取引により生じた債権の行使を妨げるため、次のいずれかに該当する事項について、故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為
(中略)
ニ (中略)宅地若しくは建物の所在、規模、形質、現在若しくは将来の利用の制限、環境、交通等の利便、代金、借賃等の対価の額若しくは支払方法その他の取引条件又は当該宅地建物取引業者若しくは取引の関係者の資力若しくは信用に関する事項であって、宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの
引用:e-Gov「宅地建物取引業法」
第35条については、重要事項説明を行う事を義務とした内容となり、権利関係や設備関連、または金銭に関わることなど、その物件を購入した後の利益の喪失に繋がる可能性のある重要な内容を説明するという事を義務としてます。
続く第47条では、上記の35条や37条に掲げる事項と、併せて取引の相手の判断が揺らぐような事柄について説明しない、または嘘を言うことを禁ずると定めています。
いかがでしょうか。
判例まで合わせたとすると非常に多くの情報を総括していく必要があり、ポイントだけ抜粋した上記の内容でこのボリュームですから、告知義務という4文字の漢字で呼びたく理由がお分かりいただけるかと思います。
とはいえ、上記の条文でも説明すべき内容を細かく定めてはいますが、人と不動産が関わる取引である以上、法令で一概に制限できないこともあり、判例や国土交通省のガイドライン等で別途判断基準を設けて不動産の流通が促されてきたのです。
つまり、どういった経緯で定められた、どのような説明義務なのかといった事をいちいち説明するまでもなく、「告知義務」という名前で呼んでしまった方が早いのですね。
事故物件に定義はあるの?
さて、告知義務の根拠というものが法令や判例から成るものだということをご説明させていただきました。
告知義務の内容を紐解いてご説明するとなると、かなりの量になりますのでここでは省略致しますが、一般的に話題になりがちな「事故物件」というものについてご説明させていただきます。
「前にこの家、幽霊が出たらしいんだよね」
「孤独死が多くなってきてるけど、借主に説明は必要なんだろうか…」
不動産オーナー様だけでなく、賃貸ユーザー様にとっても気になる事故物件ですが、そもそも事故物件とは、何も人の生死にかかわる事だけを指すのではないというのをご存知でしょうか。
事故物件かどうか判断するには何か定義が欲しいところですが、実際のところ事故物件に対する定義はありません。
よって、その物件にどのような瑕疵(物件の欠点)があるのかという点から総合的に告知義務があるのかどうかを判断していく必要があるのです。
不動産取引における瑕疵は「物理的瑕疵」「環境的瑕疵」「法律的瑕疵」「心理的瑕疵」という4つに大別されますが、事故物件として直接的に関係してくるのが「環境的瑕疵」や「心理的瑕疵」の2つです。
生死にかかわる事件事故があった場合や、幽霊が出ると有名すぎる物件は「心理的瑕疵がある」と判断でき、近所に暴力団事務所や宗教施設、危険な薬品を扱う工場があるなどの場合は「環境的瑕疵がある」という判断になります。
ただ、間違えていただきたくないのは、上記に挙げたようなケースに該当すれば「~瑕疵がある」と一概に決められるものではないという事です。
法令で「幽霊が出る物件は瑕疵物件です」と定める事が実に不自然であることと同じように、各々の事由を瑕疵であると決めるのは人の価値観であり、また同時に、一般的な解釈による影響もあるため明らかな瑕疵だと納得できることでない限りは瑕疵物件だとして認められないケースもあるのです。
過去の出来事を説明するべきか迷ったら
ここまでご説明させていただいたとおり、「環境瑕疵」「心理的瑕疵」について明確な定義はなく、人の感情に左右されるところがあります。
そこで、心理的瑕疵の判断基準となりそうな、過去の判例を一つご紹介させていただきます。
一種としての瑕疵と解するに妨げない。」
「建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景など客観的な事情に属しない事由をもって瑕疵といいうるためには、単に買主において右事由の存する家屋の居住を好まぬというだけでは足らず、さらに進んで、それが、通常一般人において右事由があれば『住み心地のよさ』を欠くと感ずることに合理性があると判断される程度にいたつたものであることを必要とする。」
参考:大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)第1554号
分かりやすく申し上げるとするなら「住みやすさがあるかどうかは重要だが、買主(借主)が住みにくいと感じたら瑕疵という事ではなく、一般の人や近所の人から見ても住みにくいと判断できるなら瑕疵とする」という事になるでしょう。
この判例は、その後に行われる心理的瑕疵にまつわる多くの裁判の参考とされているところから、まずは上記の判例を基礎として覚えておくと、自身の所有する物件に関する告知義務について判断しやすくなるのではないでしょうか。
とはいえ、この判例が出てからも、心理的瑕疵にまつわる裁判は非常に多く行われてきましたので、それらを一つずつ確認するのは困難な事でしょう。
よって、自身の所有する物件で通常使用では起こりえない事件事故が起こった場合に、それを告知する義務があるかどうかで迷うなら、専門家や弁護士、管理会社への相談を必須とした方が無難だと言えます。
心理的瑕疵の告知義務まとめ
最終的に、第三者への相談を結論としましたので、何となく釈然としない方もいらっしゃるかもしれませんが、それほどに心理的瑕疵や告知義務については判断が難しい事でもあるのです。
仮に「過去に空き巣に入られています」という事実があったとしたら、「過去に起きた事だし、防犯対策ばっちりだから大丈夫」と考えるか、「空き巣に入られやすい物件なのでは!?」と不安に思うかは、やはり個人によって違います。
とはいえ、ネガティヴな情報は入居募集に影響を及ぼしますので、できれば知らせないでおきたいという気持ちも分かります。
よって、過去の出来事を重要事項として説明するかどうかで迷うなら、無理に自分1人で判断しようとせず、第三者と相談の上で決められた方が良いと言えるのです。